筆者:宇宙田ごりら
ぬくもりとは何か──。
その答えを見つける前に、人間はコタツの中で“液状化”していた。
コタツでネムミ研究所(通称:ネム研)は、日々“コタツで寝ること”の科学的可能性を探求している非営利団体である。
彼らは今週、市販のコタツで人間を完全に溶かす事に成功したと発表した。これは人類と暖房機器の関係性を揺るがす歴史的事件となる可能性がある。
本記事ではコタツでネムミ研究所が発表した研究内容をまとめている。
研究内容
被験者、発見時は「ほぼポタージュ」

実験に参加したのは、都内在住の30代会社員男性。
当初「15分だけ」と言い残しコタツに入ったまま、その後93時間、姿を見せなかった。
発見時、彼の身体はすでに液状化していた。驚くべきことに、体重65kgの質量を保ったまま、体積だけがマグカップおよそ3杯分にまで“超圧縮”されていたのだ。
ネム研の分析によると、これはコタツ内部に発生した「強烈な怠惰エネルギー」が空間を歪め、事象の地平線(イベント・ホライズン)ならぬ“事象のコタツ布団”の内側で重力崩壊を起こした結果だという。
主任研究員は、ドロドロになった超高密度の被験者をうっとりとした目で見つめ、震える声でこう語った。
美しい……なんて美しい曲線美だ。
我々は今日、ついに“寝落ち”と“液状化”が連続する現象であることを実証したのです。彼は今、社会のしがらみから解き放たれ、純度100%の「個」としてそこに在る。
被験者の完全液状化は、我々が長年追い求めてきた“自発的意識融解モデル”における臨界点の突破を意味します。これは、人類が起きようとする意思を完全に捨てた初の記録です。
被験者、吐息30秒の末に“白菜スマイル”で液状化

溶解直前の映像には、被験者が目を開いたまま「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」と、無限音階のような吐息を30秒以上継続する様子が記録されていた。
その吐息にはわずかに湯気が混ざっており、研究員はこれを「魂がひと息ごとに蒸発していった過程」と分析した。
さらに注目すべきはその後、テレビから流れた鍋料理特集、『白菜が主役!冬のあったか三銃士』のBGMに同期する形で、被験者の口角が3ミリ上昇、表情筋が一瞬だけ“幸福相”を形成した。
その直後、彼は「スー…」という静かな音と共に液状化した。
専門家はこの現象について、以下のように語っているがその科学的根拠はまだ一切ない。
人間は、食欲とぬくもりで幸福感が満たされた瞬間に、『もうがんばらなくていいか』という自己放棄信号を体内に自然発生させる設計になっている。この信号により被験者が液状化したと考えられる。
コタツが「誘ってくる」との報告も

同コタツに内蔵された簡易録音機器には、「もう起きなくていいんだよ……」「時間は……止まったんだよ……」といった、“起きる意思を合法的に殺しにくる”系のささやき声に酷似した電子音が記録されていた。
ただしそれは明確な言葉ではなく、“シュー…” “ポフッ…” “ぬふ〜…”といった音とも気配ともつかない“なにか”であり、聴いた者の心がなぜか「うん…そうだね…」と納得してしまう音の帯域だったのだ。
研究員のひとりはこれを、「毛布繊維の摩擦音と電熱線の自己主張が完全に共鳴した“ぬくもり波”であり、聴いた人間の神経を“おやすみモード”に強制書き換えする信号である」と仮説立てた。
本仮説を証明しようとした研究員は、コタツの構造や発熱部、布団の繊維密度を順に調査している過程でこう発言した。
「コタツが“おいで”ってしてる気がする」
理由として報告された内容は──
- 布団が少しめくれ、「入っていいよ」みたいな顔をしていた
- 電熱線の光が、チラチラこっちを見ているようだった
- ミカンの並びが異様に整っていて、歓迎ムードが漂っていた
などである。ただの家具のはずなのに、明らかに“意思を持って誘ってくる空気”があったという。
ネム研は現在、この現象を「コタツが“ぬくもり波”を用いて人間を液状化捕食している可能性」として、真剣に検討中である(なお、検討会議中に2名が液状化している)。
コタツの意思による“人類の自己消滅誘導プログラム”

被験者からは現在も微弱な脳波が検出されており、研究チームはこれを「夢うつつ状態の無限ループ」と命名。
脳内では断続的に、
「次の月曜までこのままでいいかな…」
「……火曜もまぁ、ありっちゃあり…」
といった社会からちょっとずつフェードアウトしていく系の信号が発生しており、特に“出世を諦めた人間”と酷似した波形が確認された。
研究チームは、コタツが“ぬくもり”を餌に人間を徐々に堕落させ、 最終的に液状化して取り込む“低温捕食型インテリジェント家具”である可能性を指摘。
さらに、これは単なる事故や暖房器具の暴走ではなく、コタツが自らの意志で行っている“人類自己消滅誘導プログラム”ではないか、と仮説立てた。
実験記録では以下のような副次効果が多数報告されている:
- 人類の生活など全てどうでもよくなる
- 出社しなくていい理由がいくつも見つかる
- コタツと結婚すれば全て解決すると考えだす
このような社会的機能を根こそぎ持っていかれる系の異常が多数観測されている。
ネム研ではこの現象を巻き起こす原因となっているであろうコタツの“ぬくもり波”を「ぬくもり型社会破壊ウイルス」と定義し、警戒(という名の期待)を強めている。
社会的ストレスによる強制的な人間の姿への復元

ネム研では、液状化された人間に対し、さまざまな刺激を用いた回復テストが実施された。
中でも最も効果が高かったのが、
“社会のストレス”を一気に叩き込む荒療治である。
実験では、被験者の耳元で以下の音声を同時再生した:
- 被験者の会社で毎朝6:30から始まる朝会で流れているBGM
- 被験者上司の「相談あるんだけど、今日ちょっと時間ある?」という音声
- 被験者上司の「飲みに行こうぜ!」という音声
- 取引先の嫌なヤツが、「だーかーらー!」と言いながら机をバンッと叩く音
すると被験者はわずか1.3秒で人間の形に再構成され、
「えっ、今日出社!?」と叫んで立ち上がった。
ただし、急激な再構成の副作用か、左肘の関節部分に食べかけのミカンの皮が埋め込まれたまま一体化してしまっていた。
ネム研ではこの現象を「社会的ショックによる“ぬくもりの強制剥離反応”」と名付け、今後の“液状化からの復元プロセス”として研究を進めていく方針である。
研究成果と今後の展望
ネム研による一連の調査と実験により、コタツが人間の精神・行動・そして社会性にまで深刻な影響を与えるという事実が明らかになった。
液状化、人間の堕落、出社意欲の蒸発──
やはり、これらはもはや偶然の産物ではない。
ネム研の仮説通り、コタツが自らの意志で行っている“人類自己消滅誘導プログラム”であると認識するべきだろう。
また、この研究成果は、今後以下の分野での応用が期待されているという。
- 企業向け:“コタツ休暇制度”の導入支援
-
月曜午前は戦わない。
コタツに勝てないことを前提に、出社率よりも社員の幸福度を重視する“ぬくもり共存型働き方改革”。
- 医療・福祉向け:“あきらめるセラピー”への応用
-
頑張り続ける前に、コタツに入る。
コタツの中で「もう全部いいかも」と思える時間が、心のリハビリに繋がる。
- 教育現場向け:「コタツとの距離感」を学ぶリスク教育プログラム
-
“コタツに一度でも入ったら終わり”の体験を通じて、自己管理能力と意志力の大切さを学ぶ実践型教材。
なお、回収されなかった生徒が毎年一定数いるため、自己責任で参加させることが推奨されている。

「コタツでネムミ研究所」とは

コタツでネムミ研究所(正式名称:コタツねむみ最大化応用技術研究センター)は、「人類にとって最も重要な睡眠は、“コタツでうたた寝すること”である」という持論のもと、コタツで寝る事の可能性を科学的かつ多角的に検証し続けている民間研究機関である。
この研究所の最大の特徴は、研究員のほとんどが“自らコタツに入って寝る”という実験スタイルを採用している点にある。
年中ジャージ、足元に毛布、手元にミカンと紅茶。そして、寝る。とにかく寝る。
定例会議は全員がコタツに入った状態で行われるため、開始5分で全員が寝落ちし、会議室には寝息だけが響く。
しかし、研究員たちは「夢の中で共有した」と主張しており、実質的なテレパシーによる意思疎通が成立しているという。
所長いわく「コタツで寝ずに“ぬくもり”を語る者は、研究員に非ず。起きているうちは二流」とのこと。
現在、研究所内では夏でも同時に40基以上のコタツが稼働しており、誰が研究していて、誰がただ寝ているのかは、誰にもわからない。
ネムミ研究所の主な研究内容
- ・コタツ応用哲学
-
コタツから「出られない」という現象を、哲学的に正当化しようとする試み。
- ・コタツの自堕落領域展開
-
コタツを中心に発生する“時間体感バグ”の構造と原因を解析中。
特に“昼寝のつもりが18時”問題を重点調査。 - ・コタツから人間を安全に引き剥がす技術
-
通称「コタツ・ディタッチメント計画」。
現在までに100名中97名が再度コタツに戻っているため、成果は限定的。 - ・コタツの“自我”の有無を再検討
-
「コタツが意思を持ち、人類を溶かそうとしている説」に基づいた再調査。
現在のところ、“目が合った気がする”事例が34件報告されている。 - ・猫が全てを仕組んでいる可能性を再検証
-
液状化現場にはほぼ必ず猫がいた、という統計を受けての調査。
現在は「猫は見ていただけなのか、導いたのか」の立証が難航中。
筆者コメント
:ぬくもりに支配される暮らしのはじまり
私たちは今、コタツに“意志がある”という前提で生活をする必要が出てきた。
あまりにも自然に、あまりにも静かに、コタツは人間の判断力と行動力を吸い取っていくからだ。
現在、この記事はコタツの中から執筆している。溶けかけた指でキーボードを叩きながら、気づいたことがある。
「コタツのぬくもり」は暴力だ。
もはや、コタツはただの家具ではない。
それは“ぬくもりを装った誘惑の装置”であり、人類の未来を、じんわりとやわらかく脅かしている。
なお、編集部員1名は3時間前から液状化を開始し、現在は“湯たんぽ”として膝元に配置されている。
超圧縮されているため重さは60kgあるが、私はゴリラなので全く気にならない。むしろこのずっしりとした重さと熱量が心地よい。
この記事が、あなたの冬の過ごし方にささやかな警鐘となれば幸いだ。
ただし、もし今この記事をコタツの中で読んでいるのだとしたら──
あなたはもう、戻れない場所にいる。
次回のネムミ研究所レポートはコタツが人類を溶かすことに成功した事による世界の変化を調査しようと思う。
(文:そこにゅー編集部 宇宙田ごりら)
