筆者:宇宙田ごりら
本記事は『ネム研取材レポート』No.2である。過去のレポートを読んでない場合はまずこちらから過去のレポートを読んで頂きたい。
コタツでネムミ研究所(通称:ネム研)が、「コタツによる人間の液状化に成功した」と発表してから、1週間が経った。
液状化する原因は、コタツが放っている謎のぬくもり。
ネム研はこれを“ぬくもり波”と呼び、さらにその社会的影響を踏まえて、“ぬくもり型社会破壊ウイルス”と命名した。
そして最後に、静かにこう付け加えたのだ。
──「コタツは意志を持っており、人類を自己消滅へと導こうとしている可能性がある」と。
しかし、報道は沈黙を守り、人々も「なかったこと」にしようとしている。世界中を見渡しても、この事を記事にしているのはおそらく私だけだ。
だが、確実に世界は変わっていた──
今、世界の概念そのものが、コタツに吸い込まれはじめている。ぬくもり波が、世界をゆっくりと、しかし確実に溶かしているのだ。
本記事では、ネム研の発表から1週間後に発生した社会の変化を、多角的な視点から報告する。
注※以降は「ぬくもり波」を「ぬくもり型社会破壊ウイルス」と記載する
世の中の変化
【移動の変化】移動行動消滅症候群(IKD症)の発生

全国各地で、朝の通勤・通学者が気づいたら再びコタツにいるという現象が確認されている。
玄関で靴を履いた直後、意識が低下。
次に意識が戻ったときには、またコタツの中で座っているのだ。
ネム研はこの現象を「移動行動消滅症候群(IKD症)」と命名。
そのメカニズムについて以下のように発表している。
IKD症は人間の移動に関する神経信号を、ぬくもり型社会破壊ウイルスが上書きしてしまう現象である。
靴を履いたタイミングで発動し、意識を奪ったまま静かにコタツへとUターンさせる。
ある被害者は「出社したはず」と証言しているが、家族によれば、1時間ずっとコタツの中で“駅のホームごっこ”を続けており、見ていて恐怖を感じたという。
報告書によれば、出社や通学を予定していた人々のうち、約80%が「靴を履いた記憶がない」と証言している。
さらに約10%は「靴を履いた記憶こそある」ものの、気がつけばコタツの中にいたという、不可解な“移動記憶のねじれ”を経験していた。
残る10%は、ぬくもり波の影響をほとんど受けず、通常通りの生活を送っている。
彼らは“ぬくもり型社会破壊ウイルス”に対する高い抵抗値を持っているとされ、いわゆる「ぬくもり耐性型人類」と呼ばれている。
10%のぬくもり耐性型人類は、これまで通りに出社し、登校している。ただ、その“正常”がすでに社会全体の中では異常になりつつある。
たとえば学校では、チャイムだけが定刻通りに鳴り続け、教室に生徒の姿はない。黒板には社会科の問いが残されていた。
「“冬季順応策第3条”が気候変動対策として採用された理由を、当時の環境状況と合わせて説明しなさい。」
その下に、誰かが震えるような筆跡でこう書き足していた。
「あのとき、コタツを止めるべきだった。」
はたして、これを書いた人間はまだ人間の形を保っているのだろうか。
【家庭の変化】“コタツをめぐる家族内抗争”

通勤者、通学者が自宅に戻ってきた今、全国の家庭で“静かなるコタツの席取り合戦”が勃発している。
ぬくもり型社会破壊ウイルスの恐ろしい点は、感染者の脳内に「コタツの中心こそが宇宙で最も幸せな場所である」という強烈な刷り込みを行うことだ。
そう──人間を液状化するために。
父の「ここ、俺の席だよな?」という問いに対し、祖父は無言でみかんの皮を一直線に並べて“結界”を展開する。
そう、元来コタツの支配権を握っていたのは──
在宅生活のベテラン勢、すなわち子ども、祖父母、そして動かぬ猫たちである。
そこに、スーツ・制服姿の“移動失敗組”たちが合流したことで、全国各地で家庭内の争いが激化しているのだ。
ネム研の調査によると、ぬくもり型社会破壊ウイルスに耐性の無い人類はコタツを前にすると本能的に“中心を奪いに行く”闘争本能が活性化するという。
コタツ抗争の最前線(実例報告)

以下はネム研の調査で判明したコタツ抗争の実例報告である。
- コタツの中心を死守する祖父 vs 足先しか入れられない父
- トイレに立った瞬間、即ジャックを狙う祖母
- 無邪気なふりをした子供の“ミカンによるスペース確保”戦術
- リモート会議用ノートPCを盾にして押し出しを狙う母
- 全体の60%を占拠する猫。誰も逆らえない
ネム研の研究者はこの現象を「家族内コタツ内戦(KIC戦)」と命名し、こう発表した。
「コタツの中心にいる者が、家庭のすべてを支配する」
コタツの席が家庭内ヒエラルキーに直結する現在、コタツはもはや「家族団らんの象徴」ではなくなったのだ。
【地位の変化】孤独なる勝者「コタツセレブ」

家庭内の混沌をよそに、静かに笑う者たちがいる──
それが、一人暮らしでコタツを独占できる層=“コタツセレブ”だ。
彼らは部屋の中心にコタツを配置し、四方向すべてに足を伸ばせる特権を持つ。
SNSには #ひとりコタツ #ぬくもり無双 #おしり左右フリー などの煽りタグが急増。嫉妬に狂ったコタツ弱者がコタツセレブの住所を晒すなど“ぬくもりヘイトクライム”に走りつつある。
「コタツ弱者も、一人暮らしすればいいのでは?」──普通ならそう考えるかもしれない。
だが、現実はそう甘くない。すでに人々は、コタツから出られない身体になっているのだ。引っ越しどころか、廊下に出ることすら困難な者もいる。
今あるコタツの、“中心”をいかに確保するか。それこそが、この社会を生き延びる唯一の戦略なのである。
【人権の変化】コタツと人権

今やコタツは、ただの暖房器具ではない。
それは──社会・家庭内の力関係や人権意識すら書き換える、禁断の果実となっている。
コタツの外である“外周”と呼ばれる位置に追いやられた者は、コタツの中心にいる人間に対し自主的に謝罪文を提出し、コタツ復帰を願い出る。
「コタツの中心から遠ざかる者に、もはや人権はない。」
ネム研は、このように警鐘を鳴らした──
【通貨の変化】体温で発行される新通貨「ヌック」(Nuk)

“コタツから動かないこと”が美徳とされる新時代、人々はもはや「働く」ことではなく、コタツの中で体温とぬくもりをいかに維持するかで経済活動を行うようになった。
世界中の市場が崩壊し、既存通貨が信用を失った今、新たに流通しはじめたのが、「ヌック(Nuk)」である。
これは体温によって発行されるぬくもり通貨であり、1ヌックはおよそ1.0kcal分の熱エネルギーに相当する。
重要なのは、“動かず、温かく、じっとしている”こと。コタツの中で何もせず、ぬくもっているだけで自然と資産が増えていく。
いまやヌック(Nuk)は、最も信頼される価値単位となった。
そしてコタツの中心に近ければ近いほど、ヌック(Nuk)は濃く貯まる。この単純な物理法則が、家族内におけるコタツ内戦をさらに苛烈なものへと変えている。
いまや、この世界はヌック(Nuk)によって回っているのだ。
「どれだけ何もしなかったか」が社会的ステータスになる逆文明社会が、いよいよ現実味を帯びてきた。
一方、かつて経済の中心とされた「働く・移動する・汗をかく」といった行動は、「ムダな熱放出」として敬遠されはじめており、一部のニュースサイトでは「運動」という単語にモザイクがかかるという現象も確認されている。
【人類の変化】ぬくもり耐性値による人類の分断

ぬくもり型社会破壊ウイルスへの耐性には個人差がある。この事実が発覚して以降、人類は静かに「二種類」に分断された。
ひとつは、ぬくもり型社会破壊ウイルスに反応する“非耐性型人類”。彼らはコタツに入るだけで体温が上昇し、自然とヌック(Nuk)通貨を発行できる。
一方、“耐性型人類”は、いかにコタツの中でぬくもってもヌック(Nuk)が発生しない。
ぬくもってもぬくもっても何も出ない。ただ税金だけが引かれるのである。ヌック(Nuk)偏重社会において、これは致命的である。
既存通貨が廃止された今、耐性型人類が生き延びる唯一の方法はぬくもりに溺れる非耐性型人類の衣食住を支えること、ただそれだけである。
物流、医療、宅配、排泄介助などの非ぬくもり労働は細分化され彼らの生活を支えている。
- ・おむコタツ交換師
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国家主導で導入された、排泄とぬくもりを同時に満たす夢の福祉家具。
「ミニマムコタツ型排泄補助装置」=着脱式おむコタツを交換する専門職。
- ・コタツ中継アジャスター
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コタツから出られない住人のために、テレビのリモコンを3cm動かしてあげる専門職。
- ・液状化人間のレスキュー
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液状化した人間を社会的ストレスにより人間の姿へ戻す作業
また、コタツ内にいる住人と会話をするためには、声でぬくもり波を乱さないよう調律する国家資格が必要となり、一部地域では「耐性型人類は音量控えめで話すこと」がマナーとされている。
「仕事って、“誰かがぬくもってる間にやるもの”だったんですね……」
そう語るのは、週7で配達をこなす耐性型の青年。彼は今日も、住人の口元にストロー付きゼリー状どん兵衛を差し込み、ぬくもり通貨「ヌック(Nuk)」で対価を受け取っている。
「どん兵衛のスープは“ぬるめ”の方が吸収効率いいんです」……あ、あと液状化してしまっている住人さんは見た目小さいですけど、圧縮されててめちゃくちゃ重いんで。腰やっちゃわないように気をつけてます」
と真顔で語るその姿からは、プロ意識と、これで生きていくんだという覚悟がにじみ出ていた。
筆者コメント
:宇宙田ごりら、沈黙の町で取材を開始
人類にとってコタツとは、本来「人間をちょっとだけダメにする」そんな冬の風物詩にすぎなかったはずだ。
それが今や、人をダメにするどころか、社会の構造そのものを溶かしはじめている。
やはり、すべてのターニングポイントは「ネム研」のあの発表だったのだろう。
かつて、人々に幸せをもたらしていたはずのコタツが、なぜ“あのタイミング”から世界に牙をむき出したのか。
──それが、私にはどうしても気になるのだ。
これは、ぬくもりによる優しい終末なのか。それとも、ただのバカバカしい地獄なのか。
正直、私にもわからない。

私は「ぬくもり型社会破壊ウイルス」の世界浸食度マップを手に入れた。その地図には、たったひとつだけ浸食されていない島──ホシモリ島の存在が記されていた。
次回のネム研究レポートではこの“未浸食の地”の真実をお伝えする予定である。
ごりらは行く──コタツの届かない、その場所へ。
(文:そこにゅー編集部 宇宙田ごりら)
