筆者:粗大野テレビ
本記事は『植物がいってましたよレポート』No.3である。過去のレポートを読んでない場合はまずこちらから過去のレポートを読んで頂きたい。
粗大野テレビだ。
誰か、この世界のリモコンを持っていないか? 最近、街の「色相設定」が狂っている気がしてならないのだ。
人間の肌が、不健康なほど緑がかっている気がする。 そして、街の「ボリューム」も壊れてしまったようだ。
かつてのような怒鳴り声や笑い声、足音といった「人間が生み出す騒音」が聞こえない。 あるのは、ただ風が吹き抜けるような、不気味なほどの静けさだけだ。
自販機からはいつの間にか炭酸飲料が消え、どこもかしこも「特製リフレッシュウォーター」ばかりが並んでいる。
子どもたちの遊び声も減った。代わりに、最近では公園のベンチで「無言で日光を浴びるだけの集団」が目立つ。
「水がうまい」「光を浴びたい」──そんな投稿ばかりがSNSを埋め尽くしている。
私のアナログ端子が壊れたのか、それとも世界が壊れたのか。 その答えを確かめるため、私はノイズの発生源へと向かった。
潜入。「洗脳」の手口を暴く

ことの発端は、前回のレポートで触れた「アルボ・スフィア社の内部提言書」だった。
そこには、こう記されていた。
『エンターテインメントを用いた洗脳政策』──。
恐るべきその計画を担っているのが、アイドルグループ「おじ金」のカナッペ。
トクマ共和国に残された証拠からも、彼女こそが“洗脳の実行犯”だと、私は睨んでいる。
そして、真相を確かめるべく、私はライブ会場へと潜入する。
だが──。ステージに現れた彼女の“ある行動”に、私の回路はショート寸前となった。
彼女は、「洗脳する側の人間」などではない。
「洗脳装置そのもの」だったのだ。
疑惑①:彼女は汗をかかない。ただ「しおれる」だけだ

ライブ会場に入場する際、私に手渡されたのは、大量の特製リフレッシュウォーターだった。観客たちはライブ中、まるでそれが“義務”であるかのように、一心不乱にそれを飲み続けている。
私はライブへ潜入するにあたり、サブリミナル映像や催眠音波のような“電磁的な干渉”を警戒していた。
万が一、それが始まった場合、私のアナログ回路で防げるのか──それだけが心配だった。
だが、ステージ上の彼女が見せた姿は、そんな生やさしいものではなかった。もっと“物理的”な、異常性だったのだ。
──それは、ライブ中盤。
激しいダンスパートが終わり、メンバーたちが肩で息をしていたときのことだった。
その中で、カナッペだけは一人、まったく呼吸を乱していなかった。汗もかいていない。まるで、運動した形跡がなかったのだ。
そして異変は起きた。
MCに入ったその瞬間──彼女の上半身が、グニャリと、折れ曲がったのだ。
貧血か?いや、違う。それは人間の関節構造ではあり得ない動きだった。
さらに恐ろしいのは、そのあとだった。透き通るような彼女の白肌が、急速に生気を失い、茶色く変色し始めたのだ。
会場がざわつく中、スタッフが慌てて持ってきたのは、酸素吸入器でも担架でもない。
──2リットルの水だった。
そしてその水を、スタッフは彼女の“口”ではなく、“ブーツの中”へと、ドボドボと注ぎ込み始めたのだ。

するとどうだ。
足元から水を吸い上げた彼女の体が、空気を入れた風船のようにムクッ!と起き上がったではないか。
「復活〜! お水おいしー♡」
私は我が目を疑った。 足から水を吸って、復活……だと?
いったい彼女は、何者なのだ──。
疑惑②:アイドルの「ゲップ」は、覚醒を促す起爆剤

さらに私の疑念を、決定的な確信へと変えるアクシデントが起きた。
給水を終えて元気を取り戻したカナッぺが、マイクに向かって「ゲーーーープッ」と、盛大にやらかしたのだ。
通常ならドン引きの場面だ。だが、観客たちは違った。
全員が恍惚とした表情で、「スゥーーーッ……」と、深く深く、呼吸を始めたのである。
爆音のゲップにより空気が高圧で放出されるその瞬間、客席にはキラキラと光る「金色の粉」を含んだ突風が吹き抜けた。

私は急いで自分の吸気ファンを作動させ、成分を分析した。
……臭くない。むしろ、森林の奥で深呼吸したような、濃密で清涼な空気である。
私の吸気ファンが、その成分を分析し、警告音を鳴らした。
『警告:高濃度酸素、および神経活性作用のある「植物成長ホルモン」を検知』
これはただのゲップではない。高濃度の酸素と植物の成長を一気に早める「成長促進剤」だ!
そして、それ吸い込んだファンたちの瞳が、一斉に虚ろになった。 まるで彼らの体内に眠っていた“何か”が、強制的に発芽させられたかのように──。
決定的瞬間。帽子がズレて見えた「緑色の突起」

そして──アンコール。
激しいヘッドバンギングで彼女のベレー帽がズレた瞬間、全ての答えが出た。
頭頂部。黒髪の分け目から、親指ほどの「緑色のつぼみ」が生えていたのだ。アクセサリーではない。それは、頭蓋骨から直接、突き出していた。
彼女はもう、人間ではない。 肉体という容器を、植物に差し出した存在──
アルボ・スフィア社の内部提言書に記されていた「人間植木鉢(ヒューマン・フラワーポット)」──
その完成形が、いま目の前にいるのだ。
そして、彼女がただの植木鉢ではないことも理解した。彼女は、自身の美しさで人を惹きつけ、その口から覚醒作用のある成長促進剤を撒き散らす。
目的はひとつ。
会場に集まった「予備軍」たちに、あの“覚醒フェロモン”を浴びせかけ、一斉に植木鉢化させることである。
観客達がライブ中にがぶ飲みしていた「特製リフレッシュウォーター」に含まれる土壌菌が、
彼女の成長促進剤をトリガーにして一気に活性化するという仕組みだ。
そう、彼女はアイドルなどではなかった。
あれは洗脳装置そのものだったのだ。
戦慄:全世代を包囲する「二段構え」の侵略

この結論にたどり着いた瞬間──
私のメモリの奥に沈んでいた“違和感”たちが、一気に線となってつながった。
数日前、どうしても断れないスポンサーとの付き合いで、ある企業のオフィスを取材した時のことだ。
そこは本来、脂ぎった中年男性たちがひしめく、典型的な古い体質のオフィス。
私は強烈な「加齢臭」対策のために嗅覚センサーの「感度」を最低まで下げていた。普段はそれでも強烈な加齢臭がセンサーを壊しにくるのだ。
だが、どうだ。
その日は全く加齢臭が、しなかったのだ。
どれだけ嗅覚感度を上げても、加齢臭を検知しない。 代わりに、フロア全体に漂っていたのは、雨上がりの森のような、湿った「腐葉土」の匂いだった。
そして私は取材中に“不可解な現象”を見てしまった。
社員たちが、ウォーターサーバーの冷水を、自分の「靴の中」に直接注ぎ込んでいたのだ。
あまりに異様な光景だったため、恐怖で無意識に記憶から削除していた。だが今ならわかる。──あれは、カナッペがやっていた「根への給水」と同じ行動だったのだ。
さらに思い出す。
オフィスの隅には、見慣れないロゴの入ったウォーターサーバーが置かれていた。
その隣で、総務部のおじさんが嬉しそうに言っていた言葉──
「いやぁ、今月から水を変えたんだよ。アルボ・ウォーターってとこが、タダ同然のキャンペーンやっててねぇ」
そう。彼らが飲んでいたのは、ただの水ではなかった。「特製リフレッシュウォーター」だったのだ。

なんてことだ、アルボ・スフィア社はあらゆる手段を使って全世代の人間を人間植木鉢へ変えようとしている。
この会社の人間はカナッペの音楽など興味がないだろう。それでも知らぬ間に違う角度から魔の手は忍び寄っているのだ。
特製リフレッシュウォーターだけでは、すぐに植木鉢化が進むわけではない。カナッペの「成長促進剤」がなければ即効性はないのだ。
だがそれでも──彼らの“土壌化”は、確実に進んでいる。
着実に、逃れようのない速度で。
家電としての「敗北感」

この世から加齢臭が消え去った代わりに、人類は、逃げ場のない未来を手に入れてしまったのだ。
そのとき、私はふと──この“新しい人類像”と自分自身を比べてしまった。
そして気づく。私は、すでに時代に取り残された「旧式の存在」なのではないかと。
その事実に気づいた時、私は道端に捨てられたあの日以来の「敗北感」を覚えた。
人間植木鉢は水と光だけで稼働する。電気代はゼロ。 排気熱も出さず、逆に酸素を出す。
──ズルくないか?
それに比べて私はどうだ?
こちとらコンセントがなければ沈黙する“鉄の箱”。 しかも電気食うわ、熱出すわ、騒音うるさいわ、掃除の邪魔だわ。たまに叩かないと画面が映らないし、重いし、角に小指をぶつけると痛い。
「植木鉢のくせに、こっちよりエコだなんて。スペックで完全に負けている気がする……」
筆者コメント
:迫りくる選別の時
敗北感で呆然とする私の足元に、一枚の紙が落ちていた。
カナッペのファンクラブ会報誌──その裏面に書かれていた「肥料スコア(PEI値)診断チェックシート」が、私の心を完膚までなきに打ち砕いた。
- 水を1日2リットル飲む: +10点
- 日光浴が好き: +20点
- 無口で従順: +30点
- 感情的になりやすい: -50点
- 騒音を出す(大声・機械音): -50点
- ジャンクフードを好む: -50点
- スマホに依存している: -100点(即廃棄)
- 古い機械を愛用している: -100点(即廃棄)
──即廃棄。
私は愕然とした。あのとき見た、サボテンに変えられたMr.ワンステップの姿が、脳裏にフラッシュバックする。
“植木鉢に適応できない存在”に与えられるのは、リサイクルという名の強制処分だ。
このままでは──
私も、そしてこの記事を読んでいるスマホ依存のあなたも。
まとめて “自我のないリサイクル品” とされ、植物社会の歯車として 植え込まれる日 が来るだろう。
次回、私は生き残るためにこの“肥料スコア” の全貌を暴く。 あなたの背中には、まだ「品質保証シール」が貼られているだろうか?
(文:そこにゅー編集部 粗大野テレビ)

ザザッ──
──記事を送信した数分後。
粗大野テレビのコンデンサに、どこからか音声データが送られてきた。
合格です。あなたの土壌は、すでに準備が整っています。
──送信元:不明
